Even Odds
実は、といって一呼吸於いた男は、急に殊勝な表情になってMさんの前でかしこまった。その口から、ゆりなに頼まれたんですよ、とそう言ってやっとゆりなの彼氏はMさんから視線を反らした。それから、本意ではない、というような表情を浮かべて見せたが、それはあからさまに演技だとMさんには分かった。それにしても良くそんな理由を考えついたものだ、と思ったが、彼氏の言葉の真偽を計りかねる部分もあった。
そもそも、昨夜の出来事も引き金はゆりなだった。Mさんを巻き込んだのもゆりなだったが、あくまでもそれは彼女の性癖の発露であった、Mさんが向かった先はゆりなだった。彼氏には何の思い入れもなく、ゆりなが望むからそうしたまでのことだった。だが、今この状況も、ゆりなが望んだことである可能性は、充分にあった。それならば朝、出かける前にでも何か、言い含めておくことも出来たはずだが。
ゆりなに確認してみますか、とMさんに尋ねて彼氏はちらりと時計を見やった。今ならゆりなが昼の休憩中のはずだった。もしかすると、その時間を計算していたのかも知れない、とまで勘ぐってみたが、添おうだとしたら間違いなくゆりなの入れ知恵に違いない。Mさんの返答を待たずに彼氏はケータイのボタンを押して、耳に当てた。すぐに、繋がったようで、彼氏はニヤリと笑うと、一度二度、と相づちを打った。
Mさんが信じてくれないんだ、と彼氏は言ったが、そういう以前の問題だろう、と思う間もなく、彼氏はケータイをMさんに差し出した。直接聞いてくれ、と言いたげな表情で彼氏は身体を起こしてMさんに躙り寄った。Mさんがケータイを耳に当てるのとほぼ同時に、彼女の足下に彼氏が抱きつくように近づいてきた。ケータイを持った瞬間、男は完全にMさんを捕らえていた。

